Bonjour!
最近のブログを読み返してて、思ったことが一つある。
それは異様に「黒」と言う単語を乱用していること。
黒って私は昔から好きな色。
誰にも寄らない孤立していて、芯のある、強い象徴な気がしてならないんだ。
そんな私は小学校に入学する前、周りの女の子たちが「赤がいい!」「ピンクがいい!」という中、黒のランドセルが欲しかった。
でもその当時は、まだ今のように多様な価値感はあまり無く、やはりどこか「女の子は暖色系」「男の子は寒色系」という風潮があった。
でもどうしても赤が嫌だった私は、その当時珍しい茶色のランドセルを買ってもらった。
私は昔絵の具を使う授業が結構好きだった。
でも絵は全く上手くないから、色塗り的なのが好きだった。
原色の絵の具たちをパレットに出して、端っこに混ざらないように白を出す。
出された絵の具を筆で少しだけとってパレットに塗ってみせる。
そこに水を足すだけでも色が少し変わる。
そこに白を足すともちろん少しパステル寄りに。
でも逆に、原色に原色を足していくと、段々黒に寄った色になる。
いわゆるどす黒い色。
なんだか私はその変化の過程が好きだった。
結果を目に見るのは簡単で、でもそこまでの過程というプロセスが一番難しかったりする。
それは人生は勿論、細かくカテゴライズしていくと、仕事、友情、恋愛、そしてその基盤にある生き方がきっと大体を占めるわけで。
あーなりたい。
こーなりたい。
というゴールを決めるのって、出来る出来ない関係なく頭の中に浮かべられるもの。
でもそこまでの道のりや手順は自分で模索していかなきゃいけない。
どれが正解で、どれが不正解かも分からずに。
でもきっと、ドラマやゲームや小説なんかと一緒で、結末だけを知っていても味気なく、すぐに飽きてしまうわけで、そこまでの過程があるから、ゴールに深みが出るんだと私は思ってる。
自分が思ってもいなかったようなストーリーがあったり。
村人Aと村人Bのどちらの話を信じるかで結末が違っていたり。
ある人の頭の中で創造された物語の上を進んでいたり。
その人その人によって選択される項目は違っているからこそ、その人独自のゴールが出来る。
だからこそ、その過程が一番面白くて、楽しくてテンション上がらなきゃやってられない。
きっと人生もそんな感じで、そんな過程に私たちは翻弄されて、溺惑しているんだろうなって思うし、そうであって欲しい。
だからきっと今の私たちは、最高に面白い場面の真っ只中にいるのかもしれないね。
それでは、素敵な夜を。
Bonne soirée.
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